陸上界の“ぶっとび娘”ことが「新谷仁美」が電撃復帰しました。
ロンドンオリンピックにも出場し、世界陸上でも活躍した新谷仁美選手。
東京オリンピックを目指しトレーニング中?現在の仕事や結婚状況はどうなってるの?
数々の”ぶっとび発言”でも注目されていた新谷仁美選手ですが、復帰をするまで何をしていたのか、そして結婚や恋人の存在も気になりますね。
今回は、新谷仁美選手の引退から復帰までの詳細を調べていきたいと思います!
2019年1月12日開催された全国都道府県対抗女子駅伝では、東京のアンカーとして最終9区(10キロ)を6人ごぼう抜き30分57秒の区間賞を獲得しました。
2019年11月10日第35回東日本女子駅伝の東京最終9区(10キロ)を走った新谷仁美(31、ナイキTOKYO TC)はトップの2分45秒差の7位でタスキをもらい、怒涛の走りで追走しました。
区間新の30分52秒を叩き出しトップと1分06秒差の2位まで追い上げました。
新谷仁美は復帰して東京五輪を目指している?
25日は #陸上 女子の #新谷仁美。今年5年ぶりに現役復帰、今月豪州の競技会女子1万メートルで来夏世界陸上の派遣標準を突破した。30歳の挑戦となるが、「5年前の私を超えたい。決着つけたい」と覚悟を決め、もう一度世界へ挑む。 pic.twitter.com/0EAPDDiCpB
— 東京中日スポーツ首都スポ 首都圏スポーツ (@syutospo) 2018年12月24日
2012年『ロンドンオリンピック』女子10000メートル代表の「新谷仁美選手」が、昨年の夏に電撃復帰しました。
2014年に引退を発表しましたが、4年半のブランクを感じさせない、スピード感あふれた走りを見せ、今注目されています。
新谷仁美選手は当時、陸上関係者の間で「高橋尚子」の再来と言われ、憧れとしている高橋尚子を目指すべく、高校卒業後の2006年4月に「小出義雄監督」が率いる『豊田自動織機(佐倉アスリートクラブ)』女子陸上部に入部しました。
数々の好成績を残し、2014年の引退後は一般企業で事務職をしていましたが、
「走る以外は何もできないことに気付いた」という新谷仁美選手。
そんなとき、ナイキとのプロ契約の話が舞い込み、
「走ることは好きじゃないけど、ビジネスとしてなら」と競技復帰の道を選んだそうです。
現在は東京を拠点に、男子800メートル元日本記録保持者である「横田真人コーチ」の指導の下、練習を続けています。
「陸上はビジネスなので、結果を出すのは当たり前。結果が出なければ不良品」
と語る新谷仁美選手は”プロ”としてファンを喜ばせる事を重要視しているそうです。
2018年12月の競技会では、10000メートルで『世界選手権』の参加標準記録を突破するなど、既に現役の日本女子では”トップクラス”の走りをみせています。
陸上関係者からはマラソンへの期待の声も上がっていますが、
「マラソンなんて、もってのほかです。どんなに大金を積まれてもやりません!」
ときっぱり話し、10000メートルで勝負していく考えだそうです。
しかし、2020年に行われる東京オリンピックに話が及ぶと
「まだ全然考えていない。気分屋なので分かりません」
と笑みを浮かべて話を濁しています。
この時期に復帰を決め練習を開始するということは、東京オリンピックを視野に入れていることは間違いないはずです。
しかし、マラソンで目指しているわけではありません。
新谷仁美選手は、トラック競技で東京五輪オリンピックを代表を狙っています。
新谷仁美の引退の理由は?
2014年に25歳の若さで突然に引退発表をした新谷仁美選手。
引退の理由はいったい何だったのでしょうか?
引退前の『世界陸上モスクワ大会』女子10000メートルで5位と大健闘した新谷仁美選手でしたが、その時のインタビューで
「やっぱりメダル獲らなければ、この世界にいる必要無い気がするので」
と語っていました。
メダルが獲れなかった事が相当悔しかったようですね。
そして、この大会以降『右足裏の故障』など、怪我が彼女を苦しめます。
『世界陸上モスクワ大会』の翌年、現役からの引退を発表をするのですが、実はその『世界陸上モスクワ大会』の時に『右足の足底けんまく炎』に悩まされていて、痛み止めを打って出場していたそうです。
引退発表の時
「すべてをかけた大会(世界陸上モスクワ大会)でメダルを取れなかった。プロとして失格です」
と語っていた新谷仁美選手。
引退の理由は『右足裏の故障の悪化』と『世界陸上モスクワ大会でメダルを取れなかった事』が直接の原因であったと思われます。
新谷仁美は現在の仕事は?
新谷仁美選手は2014年に引退を表明し、一般企業で事務職をして働いていました。
「運動は夏にビキニを着たいから腹筋300回していましたが、走ることはしませんでした。夕方には普通の会社員と同じように飲み会に行き、現役時代より体重は13キロ増えました」
と語っている新谷仁美選手。
2017年に、”プロ”として復帰要請を受けて、
「OLでお金を貯めるよりも手っとり早い」と、現役復帰を決めたそうです。
新谷仁美選手は、2018年12月にオーストラリアで開催された競技会の10000メートルを”31分32秒50”で走り、今年の『世界選手権』の参加標準記録(31分50秒00)を突破しました。
「1円でも貰っている以上、やることはやる。でも『東京オリンピック』も『世界陸上』も視野にはないです。気分屋だから明日には辞めている可能性もあります」
とユーモアを交えながら話していますが、テレビのインタビューを受けた時
「2020年に向けて良い弾みがついた」と心境を明かしています。
10000メートルを専念にトレーニングをしていくという新谷仁美選手。
まさに”破天荒”な選手ですね。
今後の”活躍”そしてその”言動”に注目していきたいです。
新谷仁美は現在結婚している?
金髪にしていた時期もあったり、型破りな発言で注目されることが多かった新谷仁美選手。
現役時代から『結婚』や『恋愛』に対しての意識がとても高く、TBSのバラエティー番組『ジョブチューン』に出演した時には
「金メダルより彼氏が欲しい!世界陸上は婚活が理由で出ました!」
と”ぶっ飛び発言”をしています。
また、その番組内で突然彼氏募集をするなど、とてもユニークで明るい一面をみせていました。
現在、結婚はしているのかですが、
スポーツ新聞の取材を受けた際「パートナーはまだいない」と語っていたそうなので、
現在はまだ『独身』のようです。
恋人の存在は不明ではありますが、しばらくは競技で盛り上げてくれそうですね。
新谷仁美の実績は?
“ぶっとび娘”と言われ、競技以外でも注目される新谷仁美選手ですが、その実力も凄いです。
これまでの実績をまとめてみました。
- 2007年2月『第1回東京マラソン』で初マラソンに挑戦。”2時間31分01秒”の記録で女子の部で初優勝を果たす。
- 2008年8月、2回目のマラソン『北海道マラソン』に出場。同じ小出門下生の佐伯由香里に惜しくも敗れ、”2時間32分19秒”の記録で女子の部2位でゴール。
- 2009年3月、3回目のマラソン『名古屋国際女子マラソン』に出場。レース序盤から先頭集団に加わってレースを引っ張り、一時は独走状態となりましたが、35Km辺りから失速し、37Km手前で優勝した藤永佳子に逆転されてしまう。その後も次々抜かれてしまい、”2時間30分58秒”の自己ベストをマークしたものの、8位でゴール。
- 2011年7月、神戸で開催された『第19回アジア選手権』に日本代表として5000mに出場。15分34秒19の記録で、見事【銀メダル】を獲得。
- 2013年6月、『第97回日本選手権』女子10000mに出場。2位の選手に1周差をつける”31分06秒67”の大会新記録で優勝し、『第14回世界選手権(モスクワ)』の出場権を獲得。
- 2013年8月、『世界陸上モスクワ大会』女子10000mに日本女子代表としてただ一人出場。序盤から積極的に先頭に立ち、エチオピア・ケニア勢の選手を引っ張るレース展開。最後は優勝したエチオピアの「ティルネシュ・ディババ」らのスパートについていけなくなりましたが、”30分56秒70”と自己記録を更新し【5位入賞】と大健闘の結果を残す。
現役復帰後
- 2018年6月、『日体大長距離記録会』の3000mで”9分20秒74”の記録を残す。
- 2019年1月、京都市で行われた『全国都道府県対抗女子駅伝』に出場。東京のアンカーとして最終9区(10キロ)を走り、圧巻の7人抜きし”31分06秒”の区間賞を獲得。
- 2019年4月、『ドーハアジア選手権』10000mに出場、序盤からハイペースで先頭引っ張る積極的なレースを展開し、3位以下の選手を周回遅れにする圧倒的な力を見せつけ、最後一人に抜かれ優勝は逃したものの、”31分22秒63”で銀メダルを獲得。
- 2020年1月、『全国都道府県対抗女子駅伝』で東京のアンカーとして最終9区を6人ごぼう抜き30分57秒の区間賞を獲得
新谷仁美プロフィール
新谷仁美
ユニバーサルエンターテイメント
高校時代から注目されており、全国高校駅伝では3年連続1区区間賞。笑顔が似合うが、レースでは前半から攻めていく対象的な走り。世界の上位に最も近いトラックランナー。
今後が楽しみだ。 pic.twitter.com/4rzs0C8osU
— 長距離選手名鑑 (@DKQ376NJ) 2013年8月16日
名前:新谷 仁美
生年月日:1988年2月26日
年齢:31歳
血液型:AB型
出身地:岡山県総社市
身長:166㎝
体重:44㎏
学歴:興譲館高等学校
所属:NIKE TOKYO TC
まとめ
- 新谷 仁美は、2014年の引退後は一般企業で事務職をしていた。
- 新谷 仁美の引退の理由は『右足裏の故障の悪化』と『世界陸上モスクワ大会でメダルを取れなかった事』が原因。
- ナイキとのプロ契約の話が舞い込み、「走ることは好きじゃないけど、ビジネスとしてなら」と競技復帰を決意。
- 新谷 仁美は、2018年12月の競技会で『世界選手権』の参加標準記録を突破するなど、既に”トップクラス”の走りをみせている。
- 新谷 仁美は、東京オリンピックを正式に目指すと公表していないものの、10000メートルに専念してトレーニングしていく意向である。
- 新谷 仁美の恋人の存在は不明ではあるが、現在はまだ独身である。