2019年7月にロンドンで行われた『陸上ダイヤモンドリーグ』で、日本歴代”2位”となる
”9秒98”をマークした小池祐貴選手。
日本人3人目となる9秒台です!
今まで桐生選手の陰に隠れた存在であった小池祐貴選手ですが、一気にその名を日本中に広め、大注目されています。
元々陸上ファンの間では”筋肉”がモリモリで凄いと言われていた小池祐貴選手です。
一体どんなトレーニングや練習をしているのでしょう。
今までの経歴やプロフィールと合わせてみていきましょう。
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小池祐貴のトレーニングが話題?
小池祐貴選手は、主に東京北区にある『ナショナルトレーニングセンター』の陸上競技場で男子走幅跳の元日本記録保持者「臼井淳一コーチ」の指導のもと、トレーニングを行っています。
臼井淳一コーチとは「慶應義塾大学」3年生の時に出会いました。
当時、小池祐貴選手の練習風景を見た臼井コーチは
「そんなんじゃ速くならない!」
と声をかけてきたそうです。
臼井淳一コーチは、高校時代は”三段跳び”で全国大会で優勝し、400mでは当時の高校記録をマーク。
また1978年のアジア大会では400mリレーで銀メダルを獲得している、陸上界ではオールマイティに活躍していたレジェンド的存在の方です。
そして、臼井淳一コーチが指示したルールは『全力疾走の禁止』だそうです。
6割~9割の力で走ることを繰り返して、正しい体の動き方を覚えさせるといいます。
小池祐貴選手は全力でスピードを出した走りは細かい部分をごまかしているということが分かり、この遅く走る練習を始めてから記録が一年で大幅に伸びたそうです!
小池祐貴の練習方法がすごい?
臼井淳一コーチの指導のもと、練習を積んでいる小池祐貴選手ですが、練習中はスパイクを履かないで、アップシューズで走っているそうです。
「スパイクだと速く走れていると勘違いする、試合で速ければいい」というのが臼井淳一コーチの信念。
練習が1本終わるごとに小池祐貴選手は臼井コーチの元に行って、動画を見ながら今の走りはどうだったのか確認し課題を見つけるといった、短期集中した練習を行っているそうです。
小池祐貴の身長体重は?
ジャカルタ #アジア大会、陸上の男子200メートルで、小池祐貴選手が20秒23のタイムで金メダルを獲得
日本選手がこの種目で金メダルを獲得するのは、2006年のドーハ大会以来、3大会12年ぶり
会心の走りを #髙平慎二 さんの解説とともにどうぞ!#AG2018 pic.twitter.com/eSHBVNQiJ6
— NHKスポーツ (@nhk_sports) August 29, 2018
小池祐貴選手は、身長173cmで体重73kgと”ガッチリ”とした体系をしています。
太腿のは太さはなんと60cm以上もあり、女性のウエスト程もある競輪選手のような驚異の筋肉の持ち主です。
身長があまり高く無い為か足の回転が早く見えて、ももを高く上げ、腕振りもしっかりした力強い走りをしていますね。
小池祐貴の筋肉画像
日本人アスリートの中でも、トップクラスに筋肉が凄いです。
特に下半身の筋肉が、他の日本人選手に比べても群を抜いて大きいのが分かります。
小池祐貴の出身中学高校大学は?
小池祐貴選手が卒業した中学校や大学、高校はどこなのでしょうか。
これだけ素晴らしい記録を残すために中学校からどんな部活に所属してどんな努力をしてきたのでしょう。
中学校時代
北海道出身で野球少年だった小池祐貴選手は「小樽市立桜小学校」「立命館慶祥中学校」の9年間は野球をしていて、中学3年の夏まで『エースで4番』の活躍を見せていたそうです。
運動神経が抜群だった小池祐貴選手は「個人競技もやってみたい」と野球を引退した後の中学3年の秋に、ちょっと出てみようかなと”ノリ”で出場した陸上大会100メートルで”12秒21”の記録を出したそうです!
高校時代
「立命館慶祥高校」に進学してからは『アメフト』『ラグビー』『野球』『柔道』など、色々な部から誘われた小池祐貴選手ですが、「コンタクトスポーツは人に怪我をさせるのがイヤだ」と断り、本格的に『陸上競技』を始めたそうです。
- 1年生の時に『インターハイ』100mで準決勝進出『国民体育大会』100mでは2位に入るなど、すぐに高校トップクラスの選手に成長します。
- 2年生の時には『インターハイ』『国民体育大会』『日本ユース選手権』の3大会で入賞を果たし、日本ユース選手権の100mと200mではそれぞれ2位と3位に入る活躍を見せますが、100mでは前年の『国民体育大会』に続いてその後ライバルとなる「桐生祥秀選手」に敗北しています。
- 3年生の時には100mで10秒38、200mで20秒89と両種目で『北海道高校生記録』を樹立したものの、桐生祥秀選手に直接対決で勝つことは出来ず、『インターハイ』の100mと200m『国民体育大会』100m『日本ジュニア選手権』200mと全てのレースで2位に終わっています。
特にインターハイは100m決勝で10秒38、200m決勝で20秒99と優勝してもおかしくないタイムで走りながら、大会新記録で優勝した桐生祥秀選手に敗れています。
そのころから桐生選手は最大のライバルだったんですね。
桐生祥秀が欠場した『日本ジュニア選手権』100mは10秒43で走り、初の全国タイトルを獲得しています。
大学時代
2014年に『慶應義塾大学』に進学します。
5月の「静岡国際」200m決勝でジュニア日本歴代6位の20秒61をマーク。
7月には「世界ジュニア選手権」で初の世界大会に出場、200mではこの種目で日本勢3人目のファイナリストになりました。
4×100mリレー決勝では3走を務め、39秒02で2位に入り、この種目では”日本勢過去最高成績”となる銀メダル獲得に貢献しました。
9月の「日本インカレ」4×400mリレーではアンカーを務め、初の学生日本一に輝くとともに、この種目では61年ぶりとなる慶應義塾大学の優勝に貢献しました。
10月の「日本ジュニア選手権」100mで現日本記録保持者「サニブラウン」を抑え、学生になって最初の全国個人タイトルを獲得しました。
2015年、6月の「アジア選手権」で初のシニア日本代表に選ばれ、7月には「ユニバーシアード」に出場。
4×100mリレーは3走を務めて予選通過に貢献するも、決勝は怪我のためメンバーから外れました。
2017年、9月の「日本インカレ」200m決勝では自己ベストを3年ぶりに更新する20秒58で優勝、初の学生個人タイトルを獲得。
また200mでは初の全国タイトルを獲得しました。
小池祐貴の経歴は?
大学卒業後は『ANA』に就職します。
指導を受け始めた臼井淳一コーチの影響もあり、
社会人となった後は”飛躍的”な成長をします。
『日本選手権』では100m4位、200m2位に入賞し、200mで『アジア大会』の代表に選ばれます。
そのアジア大会では200m決勝で自己ベストとなる20秒23をマークし優勝!
200mでは『末續慎吾選手』以来のアジア大会日本人王者となります。
2018年12月1日から「100%陸上に注ぎたい」と住友電気工業陸上競技部に移籍。
そして、2019年7月ロンドンで行われた「陸上ダイヤモンドリーグ」で、100m”自己新記録”であり日本歴代【2位】となる9秒98をマークし、日本人3人目の9秒台ランナーとなりました。
小池祐貴が9秒台を出したことに対する世間の反応は?
やったぜ小池!!!
これで日本人アスリート3人が9秒台!!!あと1人で全員9秒台のリレーメンバーが生まれるぜ!!
東京オリンピック金メダルへの鐘が鳴り始めてる気がする!!! https://t.co/CTzZ563A28— 武井壮 (@sosotakei) July 20, 2019
ダイヤモンドinロンドン
M.100m決勝(+0.5)
A.シンビネ 9.93
Z.ヒューズ 9.95
Y.ブレーク 9.97
小池祐貴 9.98 ←NEW!!!!
A.ドグラス 9.99
A.ジェミリ10.04
桐生祥秀10.14#LondonDL
小池祐貴日本歴代2位タイ記録
史上3人目の9秒台
pic.twitter.com/XQLyqpno2P— JUST (@SigmaJu) July 20, 2019
小池祐貴選手が9秒台を出したことで、称賛の声が多く寄せられています。
「いずれサニブラウンにも勝てる!」
「オリンピック100mで日本人選手が決勝の舞台に立てる!」
「4×100mリレーで金メダルも狙える!」
陸上ファンにとっては夢であった事が、着々と現実味を帯びて来ていますね。
小池祐貴のプロフィール
名前:小池 祐貴
生年月日:1995年5月13日(24歳)
身長/体重:173㎝/75㎏
出身地:北海道小樽市
所属:住友電工 陸上競技部
主な経歴:2019年日本選手権 100m 3位 200m 2位
自己記録:100m 9秒98 200m 20秒23 400m 46秒51
主な実績:2018年ジャカルタアジア大会200m金メダル
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まとめ
- 主に、東京北区にある『ナショナルトレーニングセンター』で「臼井淳一コーチ」の指導のもとトレーニングを行っている。
- 臼井淳一コーチが指示したルールは『全力疾走の禁止』のもと、6割~9割の力で走ることを繰り返し、正しい体の動き方反復して練習している。
- 「小樽市立桜小学校」「立命館慶祥中学校」の小中時代は野球をしていて、エースで4番であった。
- 「立命館慶祥高校」に進学して色々な部から誘われたが「コンタクトスポーツは人にケガをさせるのがイヤだ」と陸上競技を始める。
- 2014年に『慶應義塾大学』に進学、数々の全国タイトルを獲得する。
- 大学卒業後は『ANA』に就職。臼井淳一コーチの影響もあり”飛躍的”な成長をとげ、昨年現所属の「住友電工 陸上競技部」に移籍。
- 2019年7月ロンドンで行われた「陸上ダイヤモンドリーグ」で9秒98をマークし、日本人3人目の9秒台ランナーとなる。